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  • 2011.02.14 Monday
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「宿命と運命についての考察」(その三)

 前回は、私の思弁的な捉(とら)え方として、人間として生きることは、自らに課せられた祖先からのメッセージとも云うべき「宿命(役割)」を識(し)り、その成(じよう)就(じゆ)(なしとげること)にむかって「いのち」を運ぶこと、すなわち「運命」の構(こう)築(ちく)にあると述べました。その運命には、「時間と空間」という二面性があり、両者は「巴(ともえ)」的な関係(両者が影響し合って回ること)によって「いのち」を運ぶことになるのです。刻々と変わる「時間的運命」は人智を超えた「力」です。その力に乗って「空間的運命」の具現化にむかうことが人間として生きることでもあるのです。また、「空間的運命」はとのような意識を持ち、どのような場所で、どんな仕事につき、どのような人たちと出会い生きていくのか、そうした顕在的な「場」の構築と云えます。従って、この「空間的運命」の構築に対する「問題意識」の有無は、極めて重要になります。

 次に「運」という言葉について少し考えてみたいと思います。一般的には「運」がよい、悪いと云われる場合、それは結果が出てはじめて意識される様に思えますが、多くの方々はどのように捉えているのでしょうか。こうした情報を得るのにインターネットでの検索は大変便利です。今回は次のような記事に出会う事が出来ました。

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「宿命と運命についての考察」(その二)

 以前、ある週刊誌の「素朴な疑問」と題するコーナーに「人は何のために生きるのか?」との問いかけがあり、現役の若い哲学者、作家と称される五人の方から回答が寄せられておりました。回答には、「人間には生きる究極的な目的はない」とする共通点が感じられ、「自分の人生に意味をつけていく」、或いは「自らの存在意義を見出すことに充実感を感じる、そのために生きる」のだとする考え方が見てとれました。形の世界、唯物的な世界観を持ち「進化論」的の教えの中に生きてきた若い方々の意識からすれば、他の生物と同様な生命のサイクルの中で生まれ、死んで行く「それだけ」といった捉(とら)え方は頷(うなず)けます。中でも哲学者の方は「生きる目的が人間だけにあると考えるのは、人間中心的な発想にすぎない」とも言い切っています。三十年前であれば、私も同様な考え方を持つたと思います。しかし、古希を過ぎた今、私にはそう思えないものがあるのです。
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「宿命と運命についての考察」(その一)

 最近、自らの興味の対象が変わったように思えます。特に、「五感」(視・聴・嗅・味・触の五つの感覚)による情報活動で生きる唯物的な世界から形のない唯心的世界、来るべき時間と諸々の事象の関係について強い関心を持つようになりました。「意識科学」の分野からすれば、「顕(けん)在(ざい)意(い)識(しき)(はっきりと現れている意識)」と「無(む)意(い)識(しき)(意識していないが日常の精神に影響を与えている意識)」との関係性ということになります。これまでにも脳生理学の研究から、「顕在意識」の解明はかなり進められて来ましたが、「無意識」についてはまだ未知な分野です。

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日本人の心の原点・神仏に祈る

 私は直接TV観戦していたわけではありませんが、6月29日のW杯サッカー試合パラグアイ戦で見せた「本田圭祐選手」のとった態度を聞かされ、心に感ずるものがありました。それは、PK合戦の結果敗北したわけですが、両国のサポーターの応援は一蹴りごとに盛り上がりをみせていたようです。

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余生を考える

 古希(こき)を過ぎ、大学を定年退職して一年が経ちました。「勤め」の内容が大きく変わり、自らの意志で送る日々を実感しはじめています。あえて今の「勤め」を考えますと、朝の「勤行(ごんぎょう)」と身の回りの作務(さむ)、「理法姓名学」に関係するご相談、執筆など、私個人の気持ちの持ちようでどうにでもなる「勤め」といえない「勤め」だと思っております。
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お経「舎利礼文」の「入我我入」について

 人間に限らず、すべての生命体は、数多くの生体内機能が関係し合い調和することによって個体を維持しています。特に人間はその維持のために複雑な成り立ちをしていることが近代医学の進展とともに明らかになってきました。私たちの「からだ」を常に一定の状態に保とうとする「恒常性機能(こうじょうせいきのう)」なども、複雑な神経ネットワークの情報伝達により、種々の細胞が有機的に関係を持ち活動を続けています。そこには、直接私たちの「五感」では知ることの出来ない神経活動があります。中でも「心」の発現の部位と言われる脳内神経活動と身体調和のメカニズムは、意識科学の分野からはもっとも知りたいことのひとつです。しかし、現状は医用工学の成果であるMRI、PET、脳波図、脳磁界図などの装置を組み合わせて、脳内の「思考過程」の解明に歩みはじめたばかりです。

「心」のあり方によって「からだ」は大きく変わり、逆に「身体状況」の有り様によって「心」は変わって行きます。あえて言えば、その人の「問題意識の欠如」が、食や嗜好(しこう)、人間関係、環境等への対応に問題を生じ、ストレス、事件・事故等への関与など、いくらでも身体調和を変えてしまう要因となるのです。では、なぜ「心の持ち様でからだが変わる」のでしょうか。それは「信ずる者は救われる」と昔から言われることに関係があるように思われます。今回は、そうした不可知な世界との接点とも言うべき「信仰の妙締(みょうてい)について」お話しをさせていただきます。

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「素直ということ」 ・・・人生は布を織るがごとし・・・

 歴史ある織物の街、群馬県桐生市にお住まいの関田芳枝さんは、御年八十四歳、現役の女医さんです。小柄なお姿ながら、お声の通る元気な毎日を街の人々の健康を守ってご活躍されておられます。縁あっていろいろとお話を伺うことが出来ました。私が感激したのは、八十四歳とは思えない活力です。つい、お訊ねしてしまったことは、八十四歳で、このように元気でおられる秘訣でした。即座に帰ってきたお言葉が「素直に生きる」と言うことです。もう少し具体的なことを聞けると思っていた私は、瞬間戸惑いました。しかし、なんとなくわかるような気がいたします。けれど、「素直」と言う言葉の実体は、わかるようでわかりません。「素直」、この言葉の概念はいかなるものなのでしようか。身近にある岩波書店刊の「広辞苑」を開いてみました。「広辞苑」には、「素直」について、次のように記載されています。

一、飾り気なくありのままなこと。曲がったり、癖があったりしないこと。質朴、淳朴。
二、心の正しいこと。正道。
三、おだやかで、人にさからわないこと。従順。柔和。
四、物事がすんなりゆくこと。とどこおりないさま。
五、技芸などで、癖がなくすっきりしていること。
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日常の食事や生活習慣

  最近、町の本さんをのぞいてみますと、西洋医学の治療分野に活躍されている医師の書かれた「健康本」が目につくようになりました。それも、「体温を上げる」、「免疫力アップのための食事」、「ガンにならないための食事」、「ガンが消える食事」など、直接的な専門の治療分野からではなく、日常の食事や生活習慣に関わる情報として提言されているのです。

その根拠には、治療後の患者さんたちの追跡調査の結果得られた「生存率」が圧倒的に「食事、生活習慣」に留意されていた方の場合が高かったことがあげられています。 

長年、疾病と生活習慣の因果関係を指摘してきた人たちからは「今更何を」と言う声が聞こえてくるように思えます。

しかし、第一線の治療の現場からそのような問題意識が上がってきたのは大変結構なことと考えます。ご関心のある方は、ぜひ、小生の「人間にとっての食べごと」を「FM桐生」の録音(MP3)からお聴きくだされば光栄です。

冬期オリンピック

  ここ数日、メディアの特集は冬季オリンピックに向かっているようですが、寒い冬は若者の時間です。小生のような年寄りは、ただうらやましくこたつの中から見物させてもらっております。当分の間、日本中が「滑ることに」熱中しそうです。しかし、「受験生」にとって「滑ること」は禁句です。「受験生」が近くに居られる方はご注意のほど。

 それと、「国際競技」は、いつの時代でも、どんな分野でも国を超えた「人」としてのマナー(真・善。美)が基本にあって成り立つものです。ただ、技術に優れ「勝てばよい」、だけでは意味がありません。若い方が多いだけに心配な事でもあり、リーダの方々には十分「こころ」していただきたいと思います。

ブログ開設のご挨拶

 私が生まれたのは昭和13年(西暦1938年)、日本は自らを「大日本帝国」と称する戦意高揚した国体の嵐が全土を吹き抜ける時代でした。
その年の6月23日、神奈川県藤沢市鵠沼にて産声を上げました。

幼稚園に通う五歳の時、当時爆発的に流行した法定伝染病である「ジフテリア」に感染し生死の境をさまよったと母から聞かされています。何人かの友達は亡くなっており、私も医師からは回復不可能と言われ、両親は「葬儀」の準備も考えた様です。

しかし、三日間の隔離病棟での高熱の中、奇跡的ともいえる意識回復を与えられました。その後、高熱による後遺症で私の脳は大きなダメージを受け、結果は「吃音」というつらい子供時代を賦与されることになりました。難発生の吃音は、人前で話が出来ず、小学校での国語の時間には指名されても本が読めない苦しい地獄の様な日々が続きました。子供心に何回となく「自死」を考えました。しかし、四人兄弟の長男であった私には、その道をとることが出来ませんでした。

貧しかった家庭は、幼くして経済的な活動を私に託したのです。小学二年生の夏休みには自転車の荷台に積んだ「アイスキャンディ」売り、六年生から始めた家庭 教師、中学時代の牛乳配達、高校時代の「早朝からのそば作り」アルバイト、母を助けて夜なべの内職にも手を出しました。今の幼い子供たちにはとうてい出来ないような日々を過ごしてきたのです。
今ではそれも懐かしく想い出されます。
そして、「吃音」から解放されたのは、二十八歳の時です。突然の事でした。しかし、そうしたつらい時間と引き替えに、「ジフテリア」は 私に他の人にはない「霊感的脳力」とも言うべき感覚を与えてくれたように思えます。古希をを迎えた今、その感覚は私にとっては「天与」と思えることがあり ます。今でも救われることが多々あります。

 小学五年生の時に出会った旅の僧侶から、「あなたは教育と宗教に関わる人間になるであろうから人のために生きなさい」と言われ、色紙に筆文字で「道」と書いてくださいました。いま思うにその通りの人生を歩んできたように思えます。科学の道を歩んできた私ですが、占いを超えた統計学であるこの理法姓名学の鑑定に携わるのもそうしたご縁と感じています。